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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)3441号 判決 1967年7月10日

原告 大阪エヤゾール工業株式会社

被告 釡屋化学工業株式会社

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「一、被告は別紙イ号図面ならびに説明書記載の圧力容器における飛散防止装置を備えた容器の製造販売をしてはならない。二、被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに第二項につき仮執行の宣言を求める。

第二請求の原因

一  原告は別紙実用新案公報記載の登録第四八一七〇九号の実用新案(以下本件実用新案という)の実用新案権者である。

本件実用新案の願書に添附した説明書の登録請求の範囲の記載は「壜の外周を包被するプラスチゾール層2の適宜部分に特に内圧逃出口3を設けて成る圧力容器における飛散防止装置の構造」である。

その作用効果は、壜内に圧力物質を填充した後壜が万一破損したとき、内容物の圧力は内圧逃出口より外部に自由に逃出し内圧を保持することができない状態となりプラスチゾール層内に破片を収納し、もつて壜口が弁や密嵌帽とともに飛散し人体や器物を損するのを防止し安心して取扱ができるようにする点にある。

二  ところが被告は、別紙イ号図面ならびに説明書に示す飛散防止装置を備えた圧力容器(以下イ号という)を製造販売している。

三  イ号は本件実用新案権を侵害するものである。

よつて、原告は被告に対し、イ号の製造および販売の差止めを求めるとともに、被告の右行為によつて蒙つた損害の内金一〇〇万円の支払を求める。

第三抗弁に対する答弁

被告主張の抗弁事実を争う。

被告は、本件実用新案出願の際には、飛散防止装置としてびんの底部に丸い小穴を設けることを実験ないしは試作中の段階であつて、これにつき事業設備を有していなかつた。すなわち、ビニールのジツピングをドプヅケにより、穴あけを彫刻刀でえぐりとるというように、手作業でやつていたものにすぎない。かりに被告が主張の如く、本件実用新案出願の際びんの底部に丸い小穴を穿つたものを製造していたとしても、被告主張の如く、イ号は右出願後に製造されるに至つたものであり、逃出口の形状は右丸い小穴のものではなく、横一文字の切口状である。被告は右出願前イ号製造のためのカミソリで切断する設備を有せず、またこれを実施していなかつた。したがつて、被告は丸い小穴をあけていたものを横一文字に切断するように改良または拡張するように事業設備を客観的に変更して実施したイ号について先使用による実施権を取得することはできない。

第四被告の答弁

一  主文同旨の判決を求める。

二  請求の原因一および二の事実を認め、その余を争う。

第五抗弁

被告はイ号について先使用による通常実施権を有する。

一  被告は昭和二七年頃からエアゾール用容器の研究をはじめていたが、昭和二九年一一月頃エアゾール関係の技術コンサルタント訴外五百崎初雄から内圧ガスの逃出口を設けてある米国製のプラスチツクコーテングしたエアゾール容器を受取り、さらに研究を進めた結果、このような内圧ガスの逃出口を設けたガラス容器を製造販売する事業につき自信を得た。

二  そこで、被告はプラスチツクコーテングびん製造に必要な器具を整え、同時に原料およびガラスびんの金型を購入して、昭和三〇年五月頃から飛散防止装置である内圧逃出口としてびんの底部に丸い小穴を穿つたビニールコーテングしたエアゾール用ガラスびんを日産二〇〇ないし五〇〇本の能力で製造しはじめた。

三  このように、被告は本件実用新案出願の際、既に善意で右飛散防止装置を備えたビニールコーテイングびん製造のための設備を有し、その製造販売の事業をなしていたものであるから、これにつき当然先使用の通常実施権を有する。

ところでイ号は右出願後製造するに至つたものであるが、これについても同様実施権を有することは、プラスチツクコーテングびんの底部に丸形の小穴を設けることゝ、イ号の如く同所に横一文字の切口を設けることとは、技術としてさしたる差異はなく、また飛散防止対策として内圧を逃出させるという作用効果の点において同一であるから、両者はいわゆる等価均等物であることによつて明らかである。

ちなみに、被告は前記底部に丸い小穴を設けるにあたり、これを唯一の方法と考えていたものではなく、同時に安全カミソリの刃で横一文字の切込みを入れたり、あるいは金属針でピンホールのような小孔をあける方法についても試作をしていたものである。

第六証拠<省略>

理由

一  原告が本件実用新案の登録実用新案権者であること、その説明書の登録請求の範囲の記載は、「図面に示す如く壜の外局を包被するプラスチゾール属の適宜部分に特に内圧逃出口を設けて成る飛散防止装置の構造」であること、被告がイ号を製造販売していること、以上の事実は当事者間に争がない。

そして、右登録請求の範囲の記載ならびに成立に争いない甲第一号証(本件実用新案公報)によると本件登録実用新案の技術的範囲は登録請求の範囲に記載のとおりであると認められる。

そうすると右技術的範囲は内圧逃出口を設けるべき箇所についてなんらの限定なく、適宜部分すなわち、すべての部分を含むから、イ号が本件登録実用新案の技術的範囲に属することが明らかである。

二  そこで抗弁につき考察する。

(一)  成立に争のない乙第五号証ならびに証人飯島初男の証言(第一回)ならびにこれにより真正に成立したと認められる乙第一号証の一、二の各一、二によると、被告会社は古くからガラス器具の成型加工販売を業をしていたものであるところ、昭和三〇年四月からエアゾール用の耐圧ガラスびんの研究開発に着手し、同年七月頃からエアゾール用のガラスびんにビニールコーテングを施すための装置例えばビニールレヂン混和器や加熱器等を設置し、これに基き右コーテングしたエアゾール用のガラスびんを業として生産をはじめたことが認められる。

(二)  ところで証人五百崎初雄の証言により真正に成立したと認められる乙第二ないし四号証ならびにいずれも昭和二九年頃米国から送られた米国製エアゾール用容器の見本と認められる検乙第一ないし三号証および証人五百崎初雄、同飯島和男(第一、二回)、同北林誠一の各証言によると、次の事実が認められる。

昭和二九年末頃までに当時日本における唯一のエアゾール関係の研究機関であつた五百崎初雄の主催するエアゾール化学研究所へ米国のウイートンプラスチツク社から、プラスチツクコーテングしたエアゾール用ガラスびんに関するパンフレツトおよびそのびんの見本が送付されており、そのパンフレツト(乙第三、四号証)にはこのびんはガラスが破れてもガスが逃げるのみでガラスはプラスチツクにより包被されておるため飛散しない旨の図面および説明(但し、直接に内圧逃出口の存在および構造にふれていない)があり、見本(検乙第一ないし三号証)には、内圧逃出口として右コーテングにピンホールが存在し、五百崎は当時かかるびんのコーテングにガラス等の飛散防止のための内圧逃出口を設ける必要性を認識しており従つて右ピンホールの存在意義につき充分の認識があつた。

被告会社は昭和三〇年四月の当初から右エアゾール化学研究所の五百崎初男からエアゾール用ガラスビンの製造について技術指導をうけていたが、その際米国の先例として前記パンフレツトと見本の交付をうけるとともに、右内圧逃出口の必要性およびその構造ならびに製造方法についても、指導をうけ、前記ビニールコーテングの方法の研究と併行してこれに右逃出口を設けることについても研究を重ねて、当時のビニール自体の強度および工程の繁簡とを勘案してびんの底部のビニール被膜に彫刻刀で丸い小穴を穿つことによつて右逃出口の問題を解決し、同年九月にはガラスビンの外周を包被したエアゾール用のビニールコーテングの底に小穴を穿つたものを製造し、これを東京エアゾールヘ販売し、同人はこれにオーデコロンをつめてデパートヘ卸売した。検乙第四号証がこのとき被告会社が東京エアゾールヘ納入した容器である。

右認定に反する証人飯島和男(第一回)同北林誠一の各証言部分は措信しがたい。

前記認定した事実によると被告会社は本件実用新案の出願日である昭和三〇年一〇月二三日現在善意に国内において本件実用新案の実施の事業である右丸い小穴による圧力容器に於ける飛散防止装置を実施していたというべきである。

(三)  横一文字の切目による飛散防止装置を施したイ号は本件実用新案の出願後に製造販売されたものであることは被告の自認するところである。

原告は、被告は本件実用新案出願当時現に圧力容器に於ける飛散防止装置として横一文字の内圧逃出口を設けていなかつたのはもちろん、その事業設備を有しなかつたから、たとえ出願の際丸い小穴を設けていた事実があつたとしてもイ号について先使用権はないと主張する。

先使用の制度は、実用新案出願の際現に善意に国内において其の実用新案の考案と同一技術思想を有していただけでなく、更に進んでこれを自己のものとして事実的支配下に置いていたという考案に対する一種の占有状態が認められる者について、公平の見地から、出願人に権利が生じた後においてもなお継続して実施する権利を認めたものと解するのが相当である。本件実用新案出願時施行の旧実用新案法七条に、「実用新案登録出願の際現に善意に国内に於て其の実用新案実施の事業を為し又は事業設備を有する者は」とは右の趣旨に基づく表現であると解せられる。果してそうだとすれば、先使用者として保護される根拠は既に事業設備を設けていたという事実自体ではなく、その者の占有状態であるというべきである。そうすると、同一考案利用者が実用新案権者の出願時において利用していた考案の構成要素の一部につきこれと作用効果を同じくする置換可能な物又は方法をその際既に認識していたことが同人の前記占有状態から認められる場合においては、右置換物又は方法も右占有状態内のものとしてこれにつき先使用権を認めるのが妥当である。

証人飯島和男の証言(第二回)によると、被告会社では本件実用新案出願時飛散防止装置として丸い小穴を設けていたが、それは内圧逃出口としてビニールコーテイングのどこか適宜の個所に薄肉の部分を造つて置けばよいとの考えのもとに、当時の材質から最も仕事が安全にできる丸い小穴を施していたに過ぎず、右の形状が内圧逃出口としての作用効果と結び付け唯一の方法と考えていた訳ではなかつたことが窺われるうえに、右小穴と横一文字の切目とは内圧逃出口としての作用効果が同一であることについては争いはなく、本件実用新案公報に横一文字の切目の形状の内圧逃出口についてはなんらの記載がないから被告が右公報を見て実施の方法を変更したものとは解せられないこと等を合せ考えると、被告は本件実用新案出願時既にイ号の横一文字の切目の方法をも含めた内圧逃出口についての考案思想を持つたうえで丸い小穴の実施をしていたものと認められる。

(四)  以上の事実によると被告はイ号の飛散防止装置を備えた容器の製造販売につき、本件実用新案権に対し、先使用による通常実施権を有するもの(旧実用新案法七条、実用新案法施行法六条、現行実用新案法二六条、特許法七九条)と認めるべきであるから、これをもつて原告の本訴請求に対抗しうる筋合である。

三  よつて、原告の本訴請求を失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎 池田良兼 森林稔)

イ号図面

第一図、第二図、第三図<省略>

イ号図面の説明書

一、名称 エアゾル用容器

二、図面の略解

別紙イ号図面は被告会社の製造販売しているエアゾル容器の見取図で、第一図は外筐の一部を切除したものの正面図、第二図は外筐内に収容されるエアゾル容器のみの一部切除したものの正面図、第三図は第二図の底面図である。

三、この容器の構造の詳細な説明

被告会社の製造販売しているイ号図面に示すエアゾル用容器(A)は硝子壜(1) の外周を包被する軟質合成樹脂層(2) の底面に、刃物等で内圧逃出口(3) を切開して成る圧力容器に於ける飛散防止装置を具備する構造で、図中(4) はエアゾル用容器(A)を収納する外筐、(5) は外筐(4) の開口部に螺着する中蓋、(6) は弁莖、(7) は噴射口(8) を有する押釦、(9) は中蓋(5) の上部に嵌入して押釦(7) を包被する上蓋である。

四、この容器の作用効果の詳細な説明

このエアゾル用容器(A)は底面の軟質合成樹脂層(2) の部分に内圧逃出口(3) を設けた上述の通りの構造であるから、硝子壜(1) 内に圧力物質を填充した後、万一硝子壜(1) が破損したときは内容物の圧力は内圧逃出口(3) より外部に自由に逃出し、硝子壜(1) 内の内圧を保持することができない状態となり、軟質合成樹脂層(3) 内において硝子壜(1) の破片を収納し、飛散し易い壜口その他の硝子破片を外部に飛散しないように防止することができ、人体や他の器具を損ずる心配がなく、安心して取扱うことができる硝子破片の飛散防止の安全装置となる作用効果を奏するものである。

五、この容器の飛散防止の要部の構造

イ号図面に示すように硝子壜(1) の外周を包被する軟質合成樹脂層(2) の底面に、内圧逃出口(3) を切開して設けたエアゾル用容器(A)の構造。

133 B 01 特許庁 実用新案出願公告

(64 H 0) 実用新案公報 昭33-4694

公告 昭33・3・29

出願 昭30・10・23

実願 昭30-48600

考案者 滝口竜太郎 大阪市西淀川区出来島町7

出願人 エヤゾール工業株式会社 大阪市北区堂島北町20

代理人 弁理士 前田一男 全1頁

圧力容器に於ける飛散防止装置

図面の略解

図面は本案の一部切断せる正面図である。

実用新案の説明

本案は壜1の外周を包被するプラスチゾール層2に特に壜1の破損せる際壜1とプラスチゾール層2の間に侵入する容器内に収納されている圧力物質の内圧逃出口3を設けて成る圧力容器に於ける飛散防止装置に係るものであつて内圧逃出口3は1個又はそれ以上適宜の部分に設けるものにして内圧逃出口3の形状は任意である本案は叙上の如く壜の外周を包被したプラスチゾール層に内圧逃出口を適宜の部分に設けたものであるから壜内に圧力物質を填充した後壜が万一破損したときは本案の如く逃出口を設けないときは内部の圧力により壜口の部分がプラスチゾール層より脱出し易き状態にあるを以て壜口は弁や密嵌帽と共に飛散し不慮の災害を蒙る危険性あるも内圧逃出口のために壜の破損による内容物の圧力は内圧逃出口より外部に自由に逃出し内圧を保持することが出来ない状態となり飛散し易い壜口等の飛散を完全に防止しプラスチゾール層内に於て破片を収納し人体や器物を損する虞なく安心して取扱いが出来る等の効果あるものである。

登録請求の範囲

図面に示す如く壜の外周を包被するプラスチゾール層2の適宜部分に特に内圧逃出口3を設けて成る圧力容器に於ける飛散防止装置の構造。

図<省略>

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